人生の終盤に向けた準備として、自分の財産をどのように次の世代に引き継ぐかを考える方が増えています。遺言書の作成はその代表的な手段であり、自分の死後に財産の分配方法や意思を明確に残しておくことで、相続人同士のトラブルを防ぎ、スムーズな相続手続きへと導くことができます。
しかし、いくら立派な遺言書を作成しても、それを実際に執行する人がいなければ、遺言の内容は「紙に書かれただけ」の状態になってしまいます。そこで重要な役割を果たすのが「遺言執行者」です。
本記事では、遺言執行者とは何か、どのような役割を担うのか、誰を選任すべきかなど、実務的な視点から詳しく解説します。
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遺言執行者とは何か?
遺言執行者とは、その名のとおり「遺言の内容を執行する人」のことです。
法律上も明確に位置づけられており、民法に定められています。遺言書に記載された内容、たとえば、特定の財産を誰に相続させるか、遺贈するか、子を認知するか、相続人の一部を廃除するかなどを、実際の法的手続きとして実現するために活動するのが遺言執行者の任務です。
遺言書の内容によっては、戸籍の届出、不動産の名義変更、預貯金の解約、証券の名義書換えなど、さまざまな専門的・実務的作業が必要になります。これらの業務を相続人が自力で行うのは容易ではなく、また相続人同士の利害が対立している場合には、遺言の内容に沿った手続きを円滑に進めるのは難しくなることもあります。
このような場面において、遺言執行者は法律に基づいた強い権限を持ち、中立的かつ確実に手続きを進める存在として機能します。
遺言執行者の選任方法と資格
遺言執行者は、次のいずれかの方法で選任されます。
1. 遺言者自身による指定
もっとも一般的なのは、遺言書の中で「○○を遺言執行者に指定する」と明記する方法です。
公正証書遺言であれば、作成時に公証人が内容をチェックしてくれるため、形式的な不備が発生するリスクも低く、執行者の指定も確実に反映されます。
2. 家庭裁判所による選任
遺言書の中で執行者が指定されていなかったり、指定された執行者が死亡していたり辞退した場合には、家庭裁判所に「遺言執行者選任の申立て」を行う必要があります。
申立人は相続人や利害関係人で、選任には通常1~2か月程度を要するため、スムーズな相続のためには生前に執行者を指定しておくことが推奨されます。
3. 資格について
遺言執行者は成年者であれば誰でもなることができます。
法的な資格は必要ありませんが、業務の内容が複雑な場合には、法律・登記・税務の専門知識が必要とされるため、弁護士、司法書士、行政書士などの専門家が選ばれることが多くなっています。
遺言執行者の主な業務内容
遺言執行者の業務は多岐にわたり、以下のような手続きを一括して行います。
- 被相続人の財産の調査・整理
- 相続人および受遺者の確定(戸籍収集、関係図の作成等)
- 財産目録の作成
- 不動産の相続登記(名義変更)
- 預貯金・株式・証券の解約や名義変更
- 遺贈の実行(特定の人への財産の引き渡し)
- 子の認知届や相続人の廃除などの届出
- 各手続きの完了報告と収支報告書の作成
これらの手続きは、民法で定められた執行権限に基づいて単独で行うことができます。相続人全員の同意を得る必要はなく、むしろ相続人が勝手に介入することは法律上禁止されています。
遺言執行者の権限と責任
遺言執行者は、被相続人の財産を管理し、遺言に基づいて適正に処理する法的義務を負っています。民法第1012条では、遺言執行者は「相続財産の管理、その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する」と規定されています。
また、民法第1014条では、「善良な管理者の注意義務(善管注意義務)」が課されており、誠実に職務を遂行しなければ損害賠償責任を問われる可能性もあります。
なお、遺言執行者には報酬を支払うことができます。報酬について遺言書に記載があればその額が基準になりますが、記載がない場合には相続人間で協議するか、家庭裁判所に報酬額の決定を申し立てることになります。
遺言執行者を指定するメリット
遺言執行者を事前に指定しておくことには、以下のような実務的なメリットがあります。
- 手続きの迅速化
家庭裁判所での選任手続きを省略でき、相続開始直後から執行作業に取りかかることができます。 - 専門性と中立性の確保
弁護士や司法書士など専門家を執行者に選任すれば、法律・登記・税務の知識を活かした適切な執行が可能となり、相続人同士の対立も回避できます。 - 相続トラブルの回避
相続人が複数いたり、関係が複雑な場合には、利害関係のない第三者が執行者となることで感情的な対立を避けることができます。
遺言執行者を指定する際の注意点
遺言執行者を指定する際には、以下のような点に注意が必要です。
- 信頼できる人物を選ぶこと
- 複数名を共同で指定する場合の役割分担を明確にしておくこと
- 報酬の有無や支払い方法を遺言書に明記しておくこと
- 執行者が辞退した場合の代替者を指定しておくこと(予備的指定)
また、遺言書に「遺言執行者を指定しない」と明記することも可能ですが、その場合、相続人間で手続きを進めることになり、かえって煩雑になることもあるため注意が必要です。
まとめ 遺言の実現には執行者の存在が不可欠
遺言執行者は、遺言書に記された被相続人の意思を現実のものとするための実務的・法的なキーパーソンです。特に、財産が多岐にわたる場合や、相続人以外に遺贈を行う場合、相続関係に不安がある場合などには、遺言執行者の存在がトラブル防止と円滑な手続きのために極めて重要になります。
当事務所では、公正証書遺言の作成支援から、司法書士としての遺言執行業務の受任まで幅広く対応しております。専門家による確実な執行をご希望の方は、どうぞお気軽にご相談ください。被相続人の想いを大切にし、誠実に遺言執行を進めてまいります。